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44年前、樹木希林さんへ内田裕也が送ったラブレターに2人の関係の秘密が!?希林さんが愛した裕也の純なものとは。それぞれの愛のかたちがあった。

44年前、樹木希林さんへ内田裕也が送ったラブレターに2人の関係の秘密が!?希林さんが愛した裕也の純なものとは。それぞれの愛のかたちがあった。

樹木希林さんの葬儀

 

image:モーニングショーより

 

2018年9月15日、樹木希林さんが75年の人生に幕を閉じ、半月が経ちました。

ときにおかしく、ときに味わいのある演技をされる、日本の映画界に無くてはならない女優さんでした。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

戒名は「希鏡啓心大姉」(ききょうけいしんだいし)です。

也哉子さんと本木さんが以下のような意味を込めて決めたそうです。

 

希林さんの “希”
常々話していた「人の心を映し出す “鏡”」という俳優の心得
本名 啓子の “啓”

 

9月30日、希林さんの葬儀が行われました。

その中で、也哉子さんの素晴らしい送る言葉がありましたので、その全文を掲載させていただきます。

このラブレターに、希林さんが愛した裕也の「純なもの」が感じ取れました。

 

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内田也哉子さんの送る言葉と44年前のラブレター

 

image:モーニングショーより

私が結婚するまでの19年間

うちは母と私の2人きりの家庭でした

そこにまるで象徴としてのみ

君臨する父でしたが

何をするにも常に私たちにとって

大きな存在だったことは確かです

幼かった私は

不在の父の重すぎる存在に

おし潰されそうになることもありました

ところが

困った私が

「なぜこういう関係を続けるのか?」

と母を問い詰めると

平然と

「だってお父さんにはひとかけら純なものがあるから」

と私を黙らせるのです

自分の親とはいえ

人それぞれの選択があると頭ではわかりつつも

やはり私の中では

“永遠に分かりようもないミステリー”

でした

(以下続きます)

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ほんの数日前

母の書庫で探し物をしていると

小さなアルバムを見つけました

母の友人や私が子どものころに

外国から送った手紙が

丁寧に貼られたページをめくると

ロンドンのホテルの色あせた便箋に目が留まりました

それは母がまだ

悠木千帆と名乗っていたころに

父から届いたエアメールです

 

今度は千帆と一緒に来たいです
結婚一周年は帰ってから2人きりで
蔵王とロサンゼルスというのも
世界中にあまりない記念日です
この一年色々迷惑を掛けて反省しています
裕也に経済力があれば
もっとトラブルも少なくなるでしょう
俺の夢とギャンブルで
高価な代償を払わせていることは
よく自覚しています
突き詰めて考えると
自分自身の矛盾に
大きくぶつかるのです
ロックをビジネスとして考えなければ
ならない時にきたのでしょうか
最近ことわざが自分に当てはまるような
気がしてならないのです
早くジレンマの回答が得られるように
祈ってください
落ち着きとずるさの
共存にならないようにも
メシ コノ野郎 テメェ
でも本当に心から愛しています
1974年10月19日 ロンドンにて 裕也

(以下続きます)

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今まで想像すらしなかった

勝手だけれど父から母への感謝と

親密な想いの詰まった手紙に

私はしばし絶句してしまいました

普段は手に負えない父の

混沌と苦悩と純粋さが妙に腑に落ち

母が誰にも見せることなく

それを大切に自分の本棚にしまって

あったことに納得してしまいました

そして長年

私の心のどこかで許しがたかった

父と母の在り方へのわだかまりが

すーっと溶けていくのを感じたのです

こんな単純なことで

あれほど長年かけて形成された

重い塊が溶け出すはずがないと

自分にあきれつつも

母が時折自虐的に笑っていました

「私はよそから内田家に嫁いで

本木さんにも内田家を継いでもらって

みんなで一生懸命家を支えているけど

肝心な内田さんがいないのよね~」と

でも私が唯一親孝行ができたとすれば

本木さんと結婚したことかもしれません

時には本気で母の悪いところをダメ出しし

意を決して暴れる父を殴ってくれ

そして私以上に両親を面白がり

大切にしてくれました

(以下続きます)

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何でもあけすけな母とは対照的に

少し体裁のすぎる夫ですが

家長不在だった内田家に静かに

ずしりと存在してくれる光景は

いまだにシュールすぎて

少し感動的でさえあります

けれども

この絶妙なバランスが

欠けてしまった今

新たな内田家の均衡を模索する時が

きてしまいました

おじけづいている私は

いつか言われた母の言葉を

必死で記憶から手繰り寄せます

 

おごらず
人と比べず
面白がって
平気にいきればいい

 

まだ沢山すべきことがありますが

ひとまず焦らず

家族それぞれの日々を

大切に歩めたらと願っております

 

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それぞれの愛のかたち

 

image:グッド!モーニングより

だってお父さんにはひとかけら純なものがあるから

 

也哉子さん曰く、也哉子さんに問い詰められた希林さんはこのように答えたそうですが、この言葉の本当の意味を理解できるまでずいぶん時間が掛かってしまいました。

何しろ当時は家庭で大暴れする裕也と、激しくやりあう希林さんの関係を最も間近で見ていたのが也哉子さんだったわけですから、理解したくても、”憎悪” の方が上回ってしまったのかもしれません。

(也哉子さんは “憎悪” という言葉は使っていませんが想像で使うことをお許しください)

このことは、第三者がいかに理解しようとも、当人にしかわからない領域でしょう。

“憎悪” という陳腐な言葉で想像するくらいしかできないのです。

しかしこの弔辞を聴いて、僕もやっと2人の関係を少し知ることができたように思います。

 

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ロックをビジネスとして考えなければならない時にきたのでしょうか

 

希林さんが大切にしまっていた1通の手紙に書かれていたこの裕也の言葉に、希林さんが理解していた「純なもの」が集約されていたのかもしれません。

ロックに身を捧げたい裕也。

裕也の決して譲らない純なものに触れることで希林さん自身も純な存在であることを思い出し、そうあり続けられたのかもしれません。

その「純なもの=理想」と「家庭=現実」の狭間で葛藤が、裕也と希林さんの双方にあったからこそ、溝が生じて喧嘩になったのかもしれませんね。

 

理解して欲しい
理解したい
理解してもらわなくてもいい
理解できない
理解してもらっているはず
理解しているはず

 

こんな感情が時や状況を変えるごとに移り変わり、もつれあい、激しすぎる夫婦喧嘩が繰り返されたのかもしれません。

時に意を決した本木さんが裕也を殴りつけることもあったそうです。

離婚騒動、愛人騒動といった続けられる事件は、也哉子さんにとっては、

 

“永遠に分かりようもないミステリー”

 

だったのかもしれませんが、也哉子さんはこの手紙の言葉をずっと聞きたかったのではないでしょうか。

 

母が誰にも見せることなく

それを大切に自分の本棚にしまって

あったことに納得してしまいました

 

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手紙を読んだとき、誰にも見せず、教えなかった希林さんのことも、いっぺんに「腑に落ちた」瞬間だったのかもしれません。

希林さんからこの手紙に書いてある裕也の心情を聞くことが出来なかったのは、裕也の純なるものを最も大切に思えるひとは自分しかいないという自負があり、娘にでさえも明かせない大切な、大切な裕也への愛情そのものだったからかもしれませんね。

 

逢いたい

 

樹木希林さんは臨終の床で何度も、裕也を求めていたそうです。

残念ながら裕也は看取ることが出来ませんでしたが、携帯電話越しに、

 

ありがとう

 

と言い続けたそうです。

焼かれた希林さんの身体から、裕也はあごの骨を探し出しハンカチに包んで持ち帰ったそうです。

なかなか希林さんへの感情をマスメディアに表現しない裕也です。

「希林さんを愛していますか?」

と騒動後にぶしつけに問われても

「ええ、好きですよ」

と明後日の方向を見ながらぶっきらぼうにしか答えられない男です。

そんな裕也ができる最大限の愛情表現でしょう。

まるで戦友の遺骨を持ち換えるかのような、武骨な愛情表現です。

これもまた希林さんが愛した純なるものだったと思ったら、なんだかすべてがしっくりときました。

遠く離れていても、どこかで心が繋がっている。

なかなかそれを子や周囲に理解してもらうことは難しいです。

希林さんは、そんな関係を無理に理解させようとしたのではなく、2人だけの愛のかたちとして守り抜きました。

 

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まとめ

 

 

ここまで書いた裕也と希林さんの関係についての解釈は、あくまで僕個人の解釈です。

希林さんがその「内訳」をことさら説明しなかったことを含めて、全てが2人だけの世界だったのだろうと思いますので、それぞれが素敵だな、自分は理解できないな、と思っても良いのだと思います。

 

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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