賃上げでのデフレ脱却はできるのかな?
「経世済民」(世を經(おさ)め、民を濟(すく)う)という言葉があります。
古くは中国の古典に登場する言葉ですが、政治・統治・行政で民衆をより良い生活に導いていくという解釈をしています。
今回は現代の「経世済民」の実現の可否について、問うていきたいと思います。
まずは以下に2つの報道記事を紹介しますね。
安倍晋三首相は16日、政府の働き方改革実現会議で、2017年春闘で「少なくとも今年並みの水準の賃上げを期待したい」と4年連続で経済界に賃上げを要請した。
出典:毎日新聞(2016年11月16日)
政府はこれまでも企業に対して賃上げ要請を続けてきた背景がわかります。
安倍政権は、春闘における賃上げ率が3%になるように、経団連などに働きかけている。これは、インフレ率2%を達成してデフレ脱却を確実なものにするためには、3%程度の賃金上昇率が必要であるとの考え方に基づく。賃金上昇は消費喚起に必要であり、消費活動の活発化はGDPの押し上げにつながり、インフレ率上昇につながると考えられるからだ。
出典:Forbes(2018年4月3日)
日本が長びく不況となった原因はデフレですが、デフレを抜け出すには、インフレ目標を達成していかなければいけません。
現在は、【賃金:インフレ】が 【2%:1%】なので、これを【3%:2%】に押し上げることで、デフレを脱却したと宣言できると思います。
ここでインフレとデフレについて、この記事での定義を決めておきましょう。
デフレとは?
カネを使わないで溜め込むことで金回りが悪くなり、モノ余りから物価が安くなっていく状態を指します。
(売れないから安くして売りさばこうってマインド)
インフレとは?
カネを使うようになってカネ回りが良くなり、モノ不足から物価が上がっていく状態を指します。
(足りないくらい売れるから値上げして儲けちゃおうってマインド)
インフレ過ぎも、デフレ過ぎも良くありません。
そのちょうどいいところで維持することがいいんです。
デフレが慢性化すると「デフレスパイラル」に陥り、なかなか抜け出せなくなります。
この20年の日本は「デフレスパイラル」に陥っていました。
デフレスパイラルは、簡単にいうと「経済の悪循環」です。
モノが売れなくなり、物価が下落し、企業経営を圧迫し、給与が減り、リストラで職を失い、まずますモノが売れなくなるという、こんなんもう、どうしたらええんじゃー!という感じです。
思い出してもらいたいんですが、100円ショップや、ファストファッションのような、品質やブランドより、とにかく安いものを求めるマインドが蔓延していませんでしたか?
あなたの周囲でも、良いものより、安いものを欲しがっているひとがいませんか?
そういう安いものに引きずられて、昔からある企業(マクドナルド、牛丼とか)も値下げをしたり、価格の安い製品を販売するように変わってきました。
価格競争に耐えきれず倒産したり撤退する企業も増えました。
デフレスパイラルの難しいところは、悪循環のどこにクサビを打ち込んで止めるかということです。
そこで政府は、賃上げをすることでインフレ(カネ回りのいい方向)に持っていき、デフレスパイラルから抜け出そうというわけです。
賃金が上がれは金を使い、モノが売れ、カネ回りが良くなり、物価があがる。
みんなハッピー!
さて、そんなにうまくいくものでしょうか?
政府介入への反応
政府が介入して賃上げを促すことについては、これまでもネガティブな意見とポジティブな意見がありました。
それぞれの意見の一部を紹介します。
ネガティブな意見
無理な賃上げを要求することで企業経営を圧迫すれば、開発費や設備投資の抑制などに繋がり、企業の連鎖倒産を生むのではないか?
ポジティブな意見
人件費をあげ価格に上乗せせざるを得なくなると競合他社に負けてしまうという慎重姿勢を、政府主導にすることで賃上げに対する安心感が生まれるのでは?
ニュースでも報道されていますが、2018年は多くの企業が史上最高益を出すほどに儲かっているといいます。
その利益を給与に回して欲しいというのが政府の思惑でもあります。
政府は「働き方改革」にならび「生産性改革」を重要政策に掲げています。
生産性が上がり企業が儲かれば、給与に還元される「はず」だからです。
この考え方は、「トリクルダウン」の考え方にも繋がります。
トリクルダウンとはこういう意味を持っています。
「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が滴り落ちる(トリクルダウンする)」
出典:Wikipedia
もう少し簡単にいうと、
儲かるやつがどんどん儲けて金を使えば、儲かっていないやつも繁盛して結果的に全体が儲かる
ということですね。
お金が上から下に落ちてくるイメージです。
企業が賃上げ目標を達成できたら、ご褒美に法人税を減税すると約束しています。
法人税を減税すれば企業はますますお金が余るので、給与や開発費などに回せ、みんなハッピー!という思惑ですね。
トリクルダウンでデフレ脱却できたのか?
ここに5月の報道記事があります。
厚生労働省が9日発表した3月の毎月勤労統計調査(速報)で、名目賃金にあたる労働者1人当たり平均の現金給与総額(パートを含む)は前年同月比2・1%増の28万4464円だった。増加は8カ月連続で、上昇率は2003年6月以来14年9カ月ぶりの高水準だった。
名目賃金のうち、基本給などの「きまって支給する給与」は同1・3%増の26万4233円。一方、ボーナスなどの「特別に支払われた給与」は同12・8%増の2万231円と大幅に増えた。厚労省は「業績が良かった企業が、年度末に業績連動の賞与を出した影響が出た」とみている。
出典:朝日新聞DIGITAL(2018年5月9日)
これを読む限り、給与が上がっているので、
「おっ、これはついにデフレ脱却か!」
と思ってしまいそうです。
でも、その反面、こういうネガティブな調査結果も耳にしたことはありませんか?
「企業は内部留保ばかりで給与に還元していない」
朝日新聞の報道では給与が上がっていると言っているので、もう内部留保はしなくなっている傾向なのかな?
そう考えて差し支えないのかな?
では、ここからは、2016年のデータを用いて考えていきます。
安倍政権は過去5年間、賃上げを要求してきた実績があるので、2016年の時点である程度成果が見えていると仮定します。
(参考/出典:MXテレビ「モーニングクロス」)
日本企業の経済活動の概要
企業数 | 277万6000社 | |
売上高 | 1455兆7563億円 | 前年比1.7%増 |
経常利益 | 74兆9872億円 | 前年比9.9%増 |
当期純利益 | 49兆7465億円 | 前年比18.9%増 |
利益剰余金【内部留保】 | 406兆2348億円 | 前年比7.5%増 |
人件費【ここでは給与に相当】 | 201兆8791億円 | 前年比1.8%増 |
出典:財務省「法人企業統計調査」
売上高も利益も増加しており、企業はなかなか儲かっていることがわかります。
人件費を給与ととらえると、給与は増加しているようですが、内部留保の増加率に比べればかなり低いと言えそうです。
それでは、長いレンジでみてみるとどうでしょうか?
大企業の経営指標推移
2012年から2016年の5年間のレンジでみてみるとこうなります。
企業サイド
営業利益 | 1.5倍 |
利益剰余金【内部留保】 | 2倍 |
投機純利益 | 2.3倍 |
配当 | 1.5倍 |
現金・預金 | 1.4倍 |
出典:財務省「法人企業統計調査」
従業員サイド
従業員給与 | 1.01倍(ほぼ横ばい) |
従業員賞与 | 1.12倍 |
従業員支給額(総額) | 1.04倍 |
出典:財務省「法人企業統計調査」
利益剰余金が2倍になっていることからみると、従業員給与の増加は総額でも1.04倍とあまりに低いと言わざるを得ません。
また、給与の増加率は1.01倍でほぼ横ばい、賞与の増加で全体として若干増加傾向となっているように見えていると言えます。
これは先の朝日新聞の報道で述べられている状況に一致しています。
つまり「給与が増えている」とは言えないのです。
付加価値における人件費の構成比推移
資本金10億以上の大企業について「付加価値」の比率でみてみます。
年 | 2012 | 2013 | 2014 | 2015 | 2016 |
付加価値(兆円) | 272 | 276 | 285 | 294 | 299 |
人件費比率(%) | 72.3 | 69.5 | 68.8 | 67.5 | 67.5 |
営業純益比率(%) | 11.9 | 14.2 | 16.4 | 16.9 | 17.6 |
付加価値率(%) | 19.8 | 19.6 | 19.7 | 20.5 | 20.5 |
労働生産性(万円) | 666 | 690 | 705 | 725 | 727 |
出典:財務省「法人企業統計調査」
付加価値とは「企業活動の中で新たに生み出した価値」のことで、別の算出方法もありますがここでは
人件費+支払利息+賃借料+租税公課+営業純益
で算出するとします。
人件費も雇用側からみれば「価値」ということです。
付加価値を得るために企業活動をしていると言っても過言ではありません。
付加価値率=(付加価値/売上高)x 100
労働生産性=付加価値/従業員数
付加価値率は、売上高の上昇率に対して、付加価値の上昇率の方が上がっていると、増加傾向になります。
労働生産性は、少ない従業員で付加価値を沢山生み出すと、増加傾向になります。
付加価値は年々上がっています。
付加価値に対する営業純益比率は年々上がっています。
ところが、付加価値に対する人件費比率は年々下がっています。
付加価値率、労働生産性も年々上がっています。
つまり人件費をさげて営業利益をあげ、結果的に労働生産性が上がっていると見えます。
色々な賃金の増減傾向で調べる
人件費(給与)は上がっているといいます。
ところが付加価値に対する人件費率は下がっています。
いったい誰の給料があがっているのでしょうか?
以下は厚生労働省の「平成29年賃金構造基本統計調査」資料を参考に調べた結果です。
男女比較
男性従業員の給与は正規も非正規も減少傾向です。
女性従業員の給与は正規も非正規も増加傾向です。
減少傾向の男性の年齢内訳
男性従業員で減少している世代は、35歳から60歳のミドル世代です。
一番「働き盛り」と言われる世代が減っているということになります。
20歳から34歳までの若い世代と、60歳以上は増加傾向です。
企業規模ごとの比較
大企業、中企業の給与は減少傾向です。
小企業の給与は増加傾向です。
以上のことからわかることは、人出不足で小さい企業ほど良い人材を得るために給与を上げ、高待遇にせざるを得ない状況がみえてきます。
また、女性や若年層といった、元々給与の安いひとの給与を上げ、元々多くもらっていたひとの給与を横ばい、もしくは下げているのではという推測もたちます。
これは平成29年の統計データなので、現時点でもこの傾向は継続していると考えてよいと思います。
まとめ
これまでの情報を整理してポイントをまとめますね。
- 以前から企業は内部留保を行い、その傾向は年々増している。
- 給与の上昇は微々たるもの。
- 全体として増加傾向のように見えるのは賞与の増加によるもの。
- 小企業ほど給与を上げ、大企業ほど横ばいの傾向。
- 増加率を押し上げているのは、女性や若年層。
さて、トリクルダウンは起こっていると言えるでしょうか?
今まで儲かっていたやつ = 大企業、男性、働き盛り世代
ここの人たちがさらに儲かることで、カネ回りがよくなって、トリクルダウンが起こると考えれば、トリクルダウンの状況にはまだまだなっていないということが言えそうです。
というか、企業の思惑は全く逆の方向に進んでいまいか?
政府が介入して賃上げ要求することについてネガティブな意見を紹介しました。
無理な賃上げを要求することで企業経営を圧迫すれば、開発費や設備投資の抑制などに繋がり、企業の連鎖倒産を生むのでは?
これは、内部留保をため込んでいる事実を考えるとちょっと無理がある意見ですね。
人件費や開発費、設備投資に回せないのではなく、「回さないだけ」でしょう。
今まで儲かってたひとは横ばいで、女性や若年層の給与を上げていることは、政府が人出不足対策として、再雇用や女性参画社会を進めていることを逆手にとっているともとれますね。
「生産性改革」でカネ回りがよくなるという政府の思惑も、労働生産性が上がってもその「上げ方」が「人件費を減らすやり方のまま」なので、何もかわっちゃいないということです。
マスコミの報道では「賃金が上がった」とよく耳にする割に、街頭インタビューでは「給与は上がってない」と回答するひとが多いのも、以上の結果からするともっともな話ではないでしょうか?
政府はどうせ国家として介入をするなら、賃上げ達成で法人税減額とか下手にでていないで、内部留保しまくっている企業に対して毅然とした態度で、公正な経営の指導はできないのかなと、思ったりもします。
民主主義国家なので、そこまでは難しいとは思いますが。
消費増税をすれば消費はますます冷え込みます。
その前にするべきことは他にもあるでしょう。
ぜひ「経世済民」の実現のためにもうひと踏ん張り、政治によって生活をつくれる政策をお願いしたいと願います。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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