行方不明のティフェンヌ・ベロンさん
image:ワイドスクランブルより
フランス人観光客のティフェンヌ・ベロンさんが行方不明になってから3週間が経過します。
2018年7月28日に宿泊先に到着し、翌日に外出してから行方不明になっています。
前回記事では、ホテルから10分ほどで行ける憾満ヶ淵(かんまんがふち)、鳴虫山(なきむしやま)に登る外国人女性の目撃情報があったことをお伝えしていましたが、大規模な捜索が実施されました。
その結果と、その後の1週間で分かってきたことについてお伝えしたいと思います。
鳴虫山の捜索
image:ワイドスクランブルより
2018年8月10日、鳴虫山(なきむしやま)と憾満ヶ淵(かんまんがふち)の捜索が行われました。
捜索員は80人という態勢です。
image:ワイドスクランブルより
鳴虫山の登山道から歩いて数十メートルからは、このように獣道のような険しい道になっています。
image:ワイドスクランブルより
こちらは鳴虫山の登山客が撮影した画像です。
登山に慣れたひとでもストックの補助が必要なほどに険しいようです。
image:ワイドスクランブルより
尾根づたいに歩かないといけず、ガードも設置されていないため、滑落の恐怖がつきまといます。
何の装備も無しにここを登っていくのは足がすくみそうです。
捜索員もストックなどに使える棒を所持していました。
警察犬やドローンも投入されましたが、残念ながら発見には至りませんでした。
image:ワイドスクランブルより
image:ワイドスクランブルより
ティフェンヌ・ベロンさんの足取り
image:ワイドスクランブルより
ティフェンヌ・ベロンさんは綿密な計画表を作成しており、日光での計画はこのようになっていました。
この計画とその他の情報を総合的にみた判明している足取りをお伝えします。
2018年7月28日 日光駅到着、ホテルにチェックイン
2018年7月29日 日光観光
2018年7月30日 ホテルをチェックアウト、青森・弘前市へ移動
7月28日の足取り
2018年7月28日午後2時ごろ、日光駅に到着しています。
以下は警察が公開した駅の監視カメラに映っていたティフェンヌさんと目される女性です。
画質は良くないですが、この後コンビニで映された衣服の特徴と一致しています。
image:ワイドスクランブルより
そこから宿泊予定のホテルまで、どうやら徒歩でゆっくりと向かったようです。
徒歩で真っすぐ歩けば45分の道のりです。
途中には土産物屋もあり、人通りも多くなっています。
ティフェンヌ・ベロンさんがホテルにチェックインしたのは午後4時のため、2時間ほどかけ、観光をしながら歩いていたと考えられます。
2時間が空いているため、計画していた観光スポットに行っている可能性もありえました。
しかし計画表の序盤に記載されている日光東照宮など、日光観光の中心的なスポットに立ち寄ると、チェックインを意識するあまり逆に駆け足の観光になってしまうように思います。
翌日に1日観光の時間を設けていることを考えると、当日に無茶はしないのではと推測されます。
午後4時にホテルにチェックインしています。
このタイミングで家族へメッセージを送っています。
ちょっと休んで
それから早めの夕食をとるわ
この時に以下の写真を送っています。
ここは観光スポットの神橋であることが分かっています。
このことから、日光駅から歩いて神橋を経由してホテルに向かうルートだったと推測されます。
image:ワイドスクランブルより
image:ワイドスクランブルより
以下は、ホテルから徒歩5分のコンビニエンスストアで撮影された店内の防犯カメラの画像です。
(先の駅で撮られていた監視カメラの女性と同じ衣服にみえます)
手に弁当らしきものを持っていることから、ホテルの自室で食事をとったのではないでしょうか。
image:ワイドスクランブルより
午後4時から休憩し、いったんコンビニで夕食を購入してから食事をとったとすると、急ぐ理由がない限りは午後5時を過ぎるでしょう。
観光スポット(寺院など)はほとんどが午後4時~5時には閉館してしまうため、夕食以降にも無理に観光をしているとは考えづらいですね。
以上の足取りから、翌29日に計画表通りに日光観光をしようとしていたと推測されます。
7月29日の足取り
ホテルで朝食をとっており、ドイツ人夫婦が会話をしたことを覚えていました。
ドイツ人夫婦からご兄弟が聴き取りをしたところ、朝食の時には「地味な色の服装」だったそうです。
朝食の後、朝10時ごろホテルを出発しています。
恐らく日光東照宮付近は朝10時~12時ごろに散策していたはずです。
これを最後にティフェンヌ・ベロンさんは行方不明となっています。
7月29日の行動で推測できること
image:ワイドスクランブルより
ティフェンヌ・ベロンさんはパスポートも、その他の荷物もホテルに残しています。
7月29日に同じホテルで泊まることになっており、持病の薬も必要な分だけしか持って行っていないことから、極端に遠くに行くとは考えられません。
この日は日光東照宮などが序盤の計画となっていたようです。
ティフェンヌ・ベロンさんのホテルから日光東照宮へ徒歩で向かうルートは、観光客で賑わうところまで出るルートの他に、近道で行くルートもあります。
以下は近道のルートの写真です。
薄暗い道路や人気の少ない道路が多いようです。
image:ワイドスクランブルより
もし誘拐などがあるとすれば、こうした人気の少ない道路で待ち伏せしていることは考えられます。
宿泊ホテル「空白の1日」の謎
image:ワイドスクランブルより
このメモはティフェンヌさんが手書きしたもので、宿泊する予定だった予約ホテルの一覧です。
成田市、日光市、弘前市と日にちを変えながらホテルにチェックイン、チェックアウトする流れは以下のようになっていました。
この計画にひとつ謎の箇所がありました。
ホテルA
7月27日に千葉県成田市に到着しチェックイン、28日にチェックアウト
ホテルB
7月28日に栃木県日光市に到着しチェックイン、30日にチェックアウト
ホテルC
7月31日に青森県弘前市に到着しチェックイン、8月2日にチェックアウト
この一覧に従えば、30日にチェックイン、31日にチェックアウトをするホテルが記載されていなければいけないはずですが、すっぽり抜けています。
ここまで綿密に計画をたてていたのに、この夜だけ何も書かないということが考えにくいです。
宿泊予定のホテルの一覧は、何時どのホテルにチェックインするという重要なメモになっています。
1晩分を丸ごと書かないというのはどういうことでしょうか。
ここからは、友人が観光で日本に訪れた海外の知人を泊め、観光スポットに同伴した経験上からの推測になります。
例えばフェイスブックのようなSNSで知り合った誰かの家に宿泊する約束をしていた可能性もありえます。
29日に行方不明になっていることから、急遽前日に会って一緒に観光地巡りをしていたという線も検討の余地はありそうです。
事件としても捜査をするなら、フェイスブックやメールなどでティフェンヌ・ベロンさんが友人・知人とどういうやり取りをし、どういう約束をしていたのかも調べているかもしれませんね。
また高速バスでの移動のためホテルの予約を取っていなかったということも考えられますので、あらゆる可能性を考慮して考える必要があるでしょう。
ただし知人宅に宿泊するにしても、高速バスで移動するにしても、どこかに記載していてもおかしくはないように思います。
このことは、観光の計画表にも、宿泊ホテルの一覧にも「手持ちのメモには意図的に記載していない場所」があるということを表しているのかもしれません。
フランスの自宅から出発前に自室で計画を練っていたのでしょう。
万一、計画表が兄弟や両親にみられたらまずいと思うことがあり、あえて記載をしていなかったということも考えられます。
例えば、SNSで知り合っただけで話したことのないような異性と会うという約束だったのなら、女性の心理としてはあえて記載をしないということもあるのかなと思います。
ご兄弟の必死の捜索
image:グッド!モーニングより
家族はティフェンヌさんの特徴を書いたチラシを自ら配り、必死に捜索し続けています。
ティフェンヌがメモに残した場所を中心に範囲を広げて捜索しています。
憾満ヶ淵(かんまんがふち)から2キロ下流には、大谷川(だいやがわ)の堰が設置されており、もし流されていたとしてそこからさらに下流に流れることは難しいようにみえます。
image:ワイドスクランブルより
ご兄弟はそこからさらに下流まで捜索したいと希望され、栃木県の旧今市市まで足を延ばしたそうです。
必死に捜索をしている警察にはとても感謝しているとしながらも、ご兄弟としては思いつく限り全ての場所で捜索をしたいという強い想いがあるようです。
兄のダミアンさんはこの意図について話します。
知りたかったのはダムの様子です
堰までの川の流れがどのような状態かを知りたかったのですただひたすら希望を持ち続けて必死の思いなので余裕はありませんが
彼女を想うとふと、とても寂しくなることもあります
ただひたすら見つけたいので、行動しています
妹のシビルさんは、8月10日、鳴虫山(なきむしやま)と憾満ヶ淵(かんまんがふち)の捜索結果について、ツイッターでこのように伝えています。
深い悲しみの夜
森の捜索では何も見つからなかった
そのような辛い捜索が続くご兄弟のもとに、匿名でお金が入った封筒が届けられたそうです。
ご兄弟はとても助かったと感謝していました。
こうした思い遣り、助け合いが少しでもご兄弟の苦しみを和らげてあげられたらいいですね。
image:ワイドスクランブルより
まとめ
こうして事故の可能性をひとつひとつ潰していくと、どこかで事件に巻き込まれた線にシフトして捜索を進めているかもしれません。
持病があるため、倒れているところをさらっていってしまった可能性も否定はできません。
監視カメラの画像に映っていたティフェンヌさんの肩には、オレンジ色のようなショルダーバッグが掛けられていました。(上の写真です)
ご兄弟の話では残された荷物の中に、このショルダーバッグが無かったということです。
恐らくこのショルダーバッグを持って、7月29日の観光に出掛けているはずです。
これは持ち物の新たな情報として有用です。
ティフェンヌ・ベロンさん朝食時の地味目な服を着ていたとすると、このショルダーバッグはかなり目立つのではないでしょうか。
7月29日にオレンジ色っぽい目立つショルダーバッグを持った白人女性が日光東照宮付近を歩いていたことを、どなたかご記憶ありませんでしょうか。
間違えていたら、と思っても良いと思います。
些細な思い当たることがあれば、日光警察署(0288-53-0110)までご連絡ください。
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情報ありがとうございます。
比較的涼しい山中でさすがに1か月で完全に白骨化はないのかなとは思いますが調査の行方をみたいと思います。