佐藤幸信さんの自殺が労災認定
image:ニュースウォッチ9より
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の筑波宇宙センター(茨城県つくば市)で温室効果ガスを観測する人工衛星「いぶき」の管制業務に携わっていた佐藤幸信さん(当時31)が自殺したのは、過重な業務負担などによる精神疾患が原因だとして、土浦労働基準監督署(同県土浦市)が労災認定したことがわかった。遺族側代理人の川人博弁護士らが3日、記者会見して明らかにした。
出典:朝日新聞DIGITAL
筑波宇宙センターで人工衛星「いぶき」の管制業務に携わていた佐藤幸信さん(31歳)が、3年前の2016年10月に自宅で自殺しました。
31歳になったばかりだったといいます。
遺族が2017年6月に労災を申請し、2019年4月3日、労災と認められお母さまが弁護士とともに記者会見を行いました。
僕は佐藤さんのことをこのニュースで初めて知ったのですが、エンジニアの端くれとして佐藤さんのお立場に感じるものがあったので記事を書きます。
佐藤さんに起こったこととは?
image:ニュースウォッチ9より
ソフトウェア開発会社「エスシーシー(SCC)」のSE(システムエンジニア)をしていた佐藤さんは、自殺する1年前に東京都中野区の「宇宙技術開発」に出向し、JAXAの人工衛生「いぶき」の管制業務にあたっていたそうです。
「いぶき」は温室効果ガスである二酸化炭素、炭酸ガスをグローバルに宇宙から観測する役割を担っている人工衛星です。
これを24時間体制で監視するのが管制業務です。
管制員は逐一地上に送信されてくる機器の情報から、衛星に異常が無いかを監視するという非常に大事な役割を持っています。管制業務は8時間の日勤、16時間の夜勤の交代制が普通だそうです。
JAXAが腹持ちで行う場合もあれば民間企業に下請けに出すこともあります。
「いぶき」の管制業務は民間企業へ下請けに出されていました。
佐藤さんの業務はかなり多忙だったことが分かっています。
8時間の日勤に加え、月7回程度、16時間の夜勤も行っていました。
また平行して関連ソフトウェアの開発も指示されていました。
かなり難しいノルマだったようです。
自殺する1か月前、お母さまにこのように漏らしていたそうです。
宇宙開発に一切携わったことがない素人の状態だが
ソフト開発を任されてしまい
いきなりドンと持ってきて
とりあえずやってみて、という言葉だけ
指導を仰ぎたいと思ってもほとんどスルーされた
何も教えてくれず仕事だけどんどん増やされる
この言葉から、業務が終えられずにどんどん山積みになっていっていた状況が目に浮かんでくるようです。
驚くべきことに佐藤さんは宇宙開発に一切携わったことが無く、知識もゼロの状態から任されていたようです。
ところがソフトウェア開発に関して上司に報告した際に
そういうことじゃないんだよ
とだけ言われ、詳しい理由を説明されないままにやり直しを命じられたこともあったようです。
こんな状態で仕事を任されれば否応なく残業時間は延びていきます。
しかし弁護士によると、上司に残業申請をすると実態通りの申請について厳しく注意・叱責されたという事実があるそうです。
この結果サービス残業を余儀なくされました。
そして2016年10月のある日、同僚がいる前で30分ほど叱責を受け、うなだれた感じであいさつもせずに帰宅していったそうです。
その翌日、佐藤さんが自宅で自殺しているのが見つかりました。
土浦労基署は、佐藤さんが人工衛星の管制業務に加えて人工衛星のスケジュールを管理するシステムのソフトウェアの開発も求められるといった「達成困難なノルマ」を課されていたことや、上司との間にトラブルがあったこと、亡くなる直前に大幅に仕事量が増えていたことを認定。全体として強い心理的な負荷がかかって適応障害を発症し、自殺に至ったとして、今月2日付で労災を認定した。
出典:朝日新聞DIGITAL
佐藤さんは適応障害を発症し自殺を選んでしまったとみられているようです。
適用障害というのは、ある人にとって非常に困難で辛く感じられる状況が続いたことで憂うつになったり、心が不安定になっていく症状です。
適応障害と診断されたひとのうち40%以上が5年後にはうつ病などの病名に変更されているそうです。
佐藤さんはまだうつ病の診断を受けていたわけでは無く、適応障害で突発的に自殺を選んでしまったというように判断されているのかもしれません。
佐藤さんは休職して欲しかった
image:ニュースウォッチ9より
佐藤さんは事後で適応障害と言われていますが、明確に病院で診断されたわけでは無さそうです。
また、うつ病との境目は曖昧なので、実際診察を受ければ「重いうつ病」と診断されていた可能性は十分にあったろうと思います。
死にたいという考えが止まらなくなるのならドクターストップを掛ける理由としては十分のはずです。
心療内科でうつ病と診断されれば、会社は医師の診断書に従って休職させなければなりません。
佐藤さんは是非診断を受け、強制的にでも休む機会を作り、ゆっくりと休んで欲しかった。
後になってなんとでも言えますが心からそう思います。
追い詰められ本人では決められない状態なら、そうすることを推奨してくれる上司と出会ってもらいたかった。
休職したら佐藤さんの抜けた穴はどうなる?
そういう指摘もあると思いますが、たいていの仕事はその人で無くてもやれるものなのです。
仕事というのはそういうものだし、理想はそのようにあるべきです。
特にシステム開発や運用は人に依存しがちだからこそ、人の不在で復旧の遅れに繋がり甚大な被害になるという黒歴史があります。
歴史に学ぶのなら誰でも仕事を振れるように態勢を作ることです。
でもその時の上司は、佐藤さんの様子の変化に気づくことなく仕事を押し付け続けました。
システム開発の現場も昨今はだいぶ改善されては来ましたが、いまだにこうした昭和の悪しき文化を引きずった上司がいるものです。
とにかく頑張れ、納期に間に合うためには3日3晩泊まってでもやり抜け、文句あるならやめろ。
世の中の流れから口には出さなくても、いまだにそういう思考回路のひとは多いんですよね。
仕事をするからにはやり遂げるのが大人だというのも分かりますが、物事には限界があります。
こういう話をすると必ず「他のひとは自殺をしていないのだから佐藤さんが特別に弱かったのでは?」という考えを持つひともいるはずです。
そういうひとは、極めて相対的にしか物事をみられなくなっていることに気づいていないのでしょう。
あまりに競争社会に馴染み過ぎて、人間を個として絶対的にみるという視点を忘れてしまったのでしょう。
監督者の務めには、その人の適正をみて仕事を振ったり、様子の変化に気付いて分担させたり、限界なら引き剥がすということも含まれています。
佐藤さんの上司は残念ながら、社員個人の限界をみた業務の平準化ができない人だったのかもしれません。
実はブラック企業がいまだに無くならないのは、こうした人間を相対的にしか評価できない文化が起因しているように思えてしまうのです。
文化たるブラック企業
労働基準監督署は多い時で時間外労働が月70時間を超えていたと公表しています。
月間70時間を超えると過労死ラインの手前、80時間が過労死ラインと言われています。
1ヵ月の残業時間が70時間ある、という方は過労死ラインの一歩手前。なかなか残業時間の計算をしている余裕がないという方も、一度見直してみることをおすすめします。
出典:ハタラクティブ
上司から残業申請をさせてもらえないということは、佐藤さんには記録されていない残業時間がかなりあったということです。
労働基準監督署はその分もヒアリングなどで調べているのでしょうから、恐らく80時間の過労死ラインを超えていたことが分かっているはずです。
佐藤さんが自殺した2016年のころ、もうブラック企業という言葉は一般化していたし過労死ラインについても企業は理解していなければおかしいです。
こうした上司には考え方を改めてもらいたいところですが、問題はもっと根深いように思います。
人間を相対的にしか評価できずに「達成困難なノルマ」を平気で与えてしまうことが、会社の文化になっている恐れがあります。
文化というのは空気のように水のようにあって当たり前で、そのおかげで会社が存在しているとさえ思えるものです。
「モーレツ社員がいまのニッポンを作ってきた」という空気感がつい数年前までどの企業にもあったように思いますが、それも文化なのかもしれません。
この文化にさえなっている考え方を変えていかない限り、いつまでもブラック企業は無くならないでしょう。
そんなこと言ってたら日本は衰退の一途だ!
そういう声も一部から聴こえてきますが、仕事で死者が出ているのにいったいなんのための国家でしょう?
佐藤さんのお母さまは記者会見でこのように述べられました。
仕事の為に命を失うなど
決してあってはなりません
この言葉はまさに真理だと思います。
命あっての物種なのです。
もし仕事の時間を減らしても日本を衰退させたくない、生活水準を落としたくないのなら、労働生産性を高めるよりありません。
直面している「人不足」への対策としても、このことはもっと真剣に取り組むべきことです。
きっちり定時であがり、友人と会い、家族と食事をし、人生を仕事以外で謳歌できるような日本になっていかないといけませんよね。
ブラック企業を許すのは実は世間の認識
世間はブラック企業を許していないと思いますよね?
でも、実はこの文化たるブラック企業を公然のものにしてしまっている要因の一端は世間の認識でもあると思います。
宇宙産業なんて大変な仕事なんだから忙しくて当然
夢をもって仕事しているから辛くないのだろう
安全のためには時間が掛かるのは仕方ない
勝手にこんな風にイメージして、長時間労働をやむなしとみている風潮はないでしょうか。
佐藤さんは宇宙産業など関わったことが無く、夢などと無縁でした。
「宇宙に関わるひとは皆、宇宙に夢見たひと」というのは宇宙飛行士の報道に影響を受けたものごとの一端でしかないということがとてもよく分かりませんか。
裏方は実は、こうした宇宙となんの関わりの無かったエンジニアが沢山関わっていることを初めて知ったというひとも多いのではないでしょうか。
佐藤さんの自殺による報道のような、真実の一端をみられる機会をしっかりと直視して、徐々に理解を深めていけたらいいですね。
そうして議論はより深みのあるものに進化していくはず。
まとめ
image:ニュースウォッチ9より
宇宙技術開発はこのように話しています。
労災認定を受けたと聞いたばかりなので
詳しい内容は差し控えるが
厳しく受け止めており
丁寧に対応する
またJAXAはこのようにコメントを出しました。
発注者として改善すべき点があるかを含め
状況把握に努めます
どちらの組織も改めなければならないことが多いはずです。
JAXAは発注者で現場の指示者ではないと対岸の火事のように受け止めていては遅きに失することになります。
佐藤さんの残業時間が過労死ラインを超えていた自覚と反省があれば、労災認定されていないので佐藤さんの死は仕事と関係が無いなどという考えは持たないはずです。
佐藤さんの自殺から3年が経過しており、その間に既に労働環境は改善していなければいけません。
上司を含む全社員が、人間として働くことの意味を理解できていなければいけません。
労災認定されていないこれまでの期間にどういった改善をしてきたかが、この2社の労働に対する現在の考え方を表しているはずです。
その辺りは部外者からは見えては来ませんが、いままさに仕事をされている当事者の皆さんが佐藤さんのように過酷な環境に置かれて自殺予備軍のようになっていないことを心から願います。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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