認知症を老衰と受け入れる社会
認知症による徘徊、行方不明が増えています。
高齢化にともない純粋に高齢者の人数も増えていますが、それを支える家族への負担も大きくなってきています。
こうした「事件」からか、認知症はやっかいな病気だという意識が日本社会に蔓延していないでしょうか?
認知症は本来、老衰の一環だったはず。
どういう症状なのかを家族や周囲の人間が理解できれば、考え方も少しは変わってくるはず。
その一助をなるべく、VR認知症の経験を行う試みが行われています。
偏見を溶かすきっかけになるのでしょうか?
老衰として受け入れ、介護しやすい社会に変革していくことはできるのでしょうか?
そういった観点でいくつかの事例を織り交ぜて記事を書いていきます。
認知症による行方不明が増加
認知症による行方不明者が過去最多になったという報道がありました。
警察庁によりますと、去年1年間の行方不明者としての届け出は、のべ8万4850人で、このうち1万5863人が認知症かその疑いが原因で行方不明になっているということです。これは、統計を取り始めた2012年と比べておよそ1.65倍に増えていて過去最多を更新しました。
出典:BIGLOBEニュース
なんと5年で1.65倍になったそうです。
行方不明の主な原因は、徘徊です。
ふと家を出て、そのままどこかへ行ってしまい、帰って来られなくなってしまうというものです。
行方不明者のうち、18.6%が認知症の疑いでの徘徊のようです。
高度高齢化が急速に進んでいるので、20%を越えるのも近いでしょう。
認知症とは?
認知症について、概要でもいいので正しい知識を知っておきましょう。
後天的な脳の器質的障害により、いったん正常に発達した知能が不可逆的に低下した状態である
(中略)
医学的には「知能」の他に「記憶」「見当識」を含む認知障害や「人格変化」などを伴った症候群として定義され
(中略)
単に老化に伴って物覚えが悪くなるといった誰にでも起きる現象は含まず、病的に能力が低下するもののみをさす
(中略)
日本ではかつては痴呆(ちほう)と呼ばれていた概念であるが、2004年に厚生労働省の用語検討会によって「認知症」への言い換えを求める報告がまとめられ、まず行政分野および高齢者介護分野において「痴呆」の語が廃止され「認知症」に置き換えられた。出典:Wikipedia
この中で「不可逆的に」という言葉が非常に重く、重要と感じました。
「不可逆的」とは、元に戻らないもの、性質を指します。
つまりいったん認知症になると、もう元には戻らないということになります。
認知症は治すことはできませんが、投薬で進行を遅らせることはできます。
しかし、現代の医療ではいまだに、「不可逆」のままです。
この進行を完全に停止したり「可逆」させる治療法がもしみつかったら、それは革命的に凄いことでしょう。
きっと多くの家族が歓喜することでしょう。
ただ、残念ながら現在の医療技術ではそれは不可能です。
認知症で懸念される交通事故
出典:滋賀県
2025年には認知症の方は1300万人にのぼると言われています。
いまも増え続けていますが、高齢者による交通事故。
認知症と自覚できずに乗り続けることで、事故を起こしてしまうケースが増えることが懸念されています。
以下は2018年初頭の事件です。
「気付いたら事故を起こしていた」
今年1月9日の朝、前橋市内で自転車に乗って学校の始業式に向かう女子高校生2人が車にはねられ、意識不明の重体となった。車を運転していたのは85歳になる男性だった。この男性は普段から物忘れがあり、物損事故も多く、家族が運転免許の返納を勧めていた。しかし従わなかった。警察が自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致傷)の疑いで男性を逮捕したところ、「気付いたら事故を起こしていた」と供述したという。
75歳以上の高齢者ドライバーのうち半数が認知症か認知症の疑いのある方という統計もあります。
高齢者ドライバーは運転に対して自信とこだわりが強く、免許返納に対して否定的になるという傾向もあります。
東京社説は最後に「参考にしたい」とこんな読者の体験談を挙げる。
「父は認知症が進み、医師からも運転を止められたが、聞き入れない。家族全員で警察の相談窓口に行き、認知症などの検査をした。父は認知力の低下を実感したことで、免許を手放すと言ってくれた。粘り強く説得してくれた警察官の協力があってこそだった」
現時点では法的な規制は無いため返納を強制することは難しく、普段の生活で家族がよく観察し、判断力や身体能力の低下を見定めて、危険だった実例を出して説得をするしか無いのかもしれません。
僕の父も数年前に返納をしました。
ガン治療の影響で足が不自由になり、視力も低下してきたためです。
自動車会社のトップ営業として運転に並々ならぬ自信とこだわりを持っていた父が自ら返納をしてくれたことは嬉しかった半面、父から「生きがい」と「足」を奪うことにもなることは心苦しかったです。
それでも取り返しのつかない事故を未然に防ぐことの方が優先されるべきでしょう。
日本でも65歳以上のドライバーは定期的に身体検査を課し、強制的に返納を求めるように法整備を進めるべきかもしれません。
認知症を病とみるか、老衰の一環とみるか
かつてこうした加齢で記憶が著しく低下していく状態を「ボケる」と表現していました。
今でも老人に対して「ボケる」と言ってしまうこともあると思いますが、差別用語としてマスメディアでは使わなくなっていると思いますので、多くはお笑いでしか使っていないかもしれません。
「ボケる」は「呆ける」とも書くことがありますが、「痴呆症」の「呆」の文字を使っています。
「ボケる」が進行すると「痴呆症」と呼んでいました。
同義で使ってもいたかもしれませんね。
現在は、痴呆という言葉は、医学的に認知症という表現に統一されたようです。
そのため「ボケる」という言葉も医学的な観点から使われなくなってきたのだろうと思います。
「ボケる」という言葉には、「ぼやける」という語義もあります。
なぜ人間の状態を「ボケる」と言っていたかというと、諸説あるようですが、ピンぼけになる、色が徐々にぼやける様から、人間の記憶や性格が本来のものから霞んでいくように変化していくことを指していたようです。
僕はこの「ボケる」という言葉に、人が感じていた “認知症” の状態に対する意識が表われていたと思っています。
老人になると記憶力や判断力が著しく低下するひともいます。
反面、死ぬまで意識がはっきりと明晰なひとは沢山いますが、意識がはっきりしていても、耳が遠かったり、視力が低下したりすることもあります。
そういう状態をひっくるめて、「老い」「老衰」として考えていた時代があったように思います。
その時代は、老衰として考えていたので、その人の状態に応じて家族や周囲の人間ができる限りケアをし、最期を看取られて亡くなっていきました。
現代においては西洋医学が進歩し、この老衰の中でも特に不可逆的に記憶や認識能力が退化してしまう症状を「認知症」とすることにしました。
「認知症」の進行は投薬によって遅らせられることが分かりましたが、治すことはできません。
つまり、ある時点で家族の想いだけで投薬されているのか、本人の希望で投薬されているのかがわからなくなります。
果たしてその状態は、本人が望んでいることなのか?
むしろ家族を苦しめている状態を本人は望んでいないのではないのか?
こうした考え方を持ってもおかしくはないでしょう。
色々な考え方があって然るべきだと思います。
医学に頼り過ぎることでこうした矛盾にぶち当たることが多くなっていまいか?
むしろ、早い段階で家族間でいざという時に備え、きちんと話し合っておくべきかもしれません。
日本は北欧をモデルとしていくのか
北欧ではこうした認知症の高齢者に対する対処の仕方が全く異なります。
以下はスウェーデンの例です。
スウェーデン福祉研究家の藤原瑠美氏は語る。
「日本の場合は病院経営をする医師などが主導権を持っているケースが多く、すぐ投薬・治療という方向になる。
しかし、スウェーデンの場合は介護士たちが大きな権限を与えられていて、認知症の場合には薬を使うよりも、本人がどんな助けを必要としているか汲みとることが重視されています。
例えば私が調査した3万人ほどの自治体では2300人の職員がおり、そのうち400人が介護福祉士でした。介護は重要な雇用創出の機会にもなっているのです」
日本では介護士というと薄給なわりにきつい仕事というイメージだが、スウェーデンでは安定した公務員で、経済的に困窮するようなこともない。
藤原氏によると、スウェーデンでは認知症の人のうち約半数が独居しているという。しかしそれで大きな問題が起きたこともない。
出典:現代ビジネス
このように認知症に対する手段を医療で行うか、介護で行うかで、終末期の過ごし方は全く異なってきます。
家族だけでは難しい介護もスウェーデンのように充実した介護福祉のシステムで支えているわけです。
北欧の社会福祉は高税率で支えられています。
日本の消費税率はいまだ8%、今後は10%になっていきますが、スウェーデンの消費税率は25%です。
まさに日本の3倍という消費税率です。
人口が日本の8%未満という少なさで、労働者人口が少ないことから税率を上げざるを得ないという事情がありますが、それでも国家の政策に対して不満を言うひとが少ないのは、老衰は他人ごとではなく、誰もが必ずいきつく自分ごとだからではないでしょうか。
認知症だった祖母の思い出
出典:カラパイア
僕の父方の祖母は、認知症でした。
もうかなり前になりますが、最期は特別養護老人ホームで亡くなりました。
とてもかくしゃくとした方で、僕が小学生の時に大怪我をして入院したときに、両親が忙しく見舞いに来れないと、進んで看病に来てくれていました。
お陰で寂しさを感じることが減り、感謝してもしきれません。
そんな祖母が徐々に認知症の兆候が表われたのですが、そのころ僕はビジネスマンとして忙しくしており、離れて暮らす祖母のことを気に掛けることができませんでした。
ある日、父方の実家で叔母が面倒をみていた祖母を、数日自宅に引き受けることになりました。
そのころは認知症について大した知識もなく、どういう状態でやってくるのかもわかりませんでした。
実際に祖母が自宅にやってくると、たった数日なのに毎日が嵐のようでした。
僕のことを父と勘違いしたり、父を叔父と勘違いして呼んでくるなんて序の口で、夜中だろうが日中だろうが起きだしては、大きな声で「ねそかれた、ねそかれた」と叫んで、起こされました。
昼夜の判断さえついていないようでした。
日中もぼーっとしていたかと思うと、うろうろと動き回りだし、勝手に外に歩き出そうとします。
食べ物をうまく食べられず、ボロボロとこぼします。
子供のころに、かくしゃくとしたあの祖母の姿は、そこにはありませんでした。
その姿にとてもショックを覚えました。
数日して祖母は父方の実家に帰っていきました。
世話をしてくれていた叔母の苦労が初めてわかりました。
それから2年ほどして、叔母ももう体力的に限界ということで、特別養護老人ホームで生活をしてもらうことになりました。
しばらくして、父に連れられて祖母に会いにいきました。
祖母は、以前引き取ったころよりもさらに小さくなって、無口になっていました。
虚空を眺めていた祖母に、父が声を掛け、僕が来たことを伝えました。
「おばあちゃん、お元気でしたか?」と声を掛けたら、僕に向かって、父の名を呼びました。
そして、何か僕らには見えないものが見えているような、うわ言を言っていました。
それから1年くらいして、祖母は静かに息を引き取りました。
葬儀で父も叔母も「ホッ」としたような表情をしていたように感じました。
親が亡くなったのに、なぜそんな表情なんだろうと想いを巡らせたら、初めて涙がこみ上げました。
人は愛するひとが死ぬことも悲しいけれど、愛するひとが変わってしまうことの方が悲しいのかもしれないと思った瞬間でした。
やっとその「くびき」から解放された表情だったのかもしれません。
僕はこの体験から、家族こそが認知症をもっとよく、早い段階で理解する必要に気づきました。
シルバーウッドの「銀木犀」
出典:銀木犀 公式
「銀木犀」はサービス付き高齢者住宅です。
株式会社シルバーウッド代表 下河原忠道さんが2011年からはじめられました。
2018年6月現時点で9か所あります。
(他にもグループホームを2か所経営されています)
サービス付き高齢者向け住宅とは、民間で運営される介護施設で、基本的には「まだ介護の必要がない、比較的元気な高齢者のための施設」を指します。
老人ホーム、特別養護老人ホームが「介護」を行うことに対して、「安否確認」「生活相談」を義務付けられています。
介護が無い代わりに自由度があるという点が老人ホーム、特別養護老人ホームとの大きな違いです。
もともとは鉄鋼畑を歩んでいた下河原さんがスチールフレーミング工法を学び、建築会社 シルバーウッドを設立したところから始まります。
2005年高齢者向け賃貸住宅の建設を請け負ったことをきっかけに自前の高齢者住宅を作ろうと決意します。
北欧を視察された際にみた高齢者の「生き方」に衝撃を受けたそうです。
亡くなるギリギリまで自宅で過ごし飲酒も自由。
何かをしたいという自由を尊重し、生きる活力を失わずいわゆる「寝たきり」という高齢者もいなませんでした。
「どうして日本はこんな当たり前のことができないのか」と涙が出たと言います。
それが「銀木犀」を設立する大きなきっかけとなりました。
僕は下河原さんの「自然な老衰死」を当たり前にしていこうと経営をされていることにとても感銘を受けました。
一般的な高齢者住宅との違いは、敬遠されがちな「看取り」に対応している点です。
サービス付き高齢者住宅の看取り率は平均17%だったことに対し、銀木犀はなんと76%です。
8割近い方がこの住宅で看取られていきます。
上記のように一般的にサービス付き高齢者向け住宅は「まだ元気な高齢者の住処」とし、要介護者を拒否しがちなのに対して、銀木犀は受け入れ「看取り」まで行っています。
きっかけはとある入居者の行動からでした。
その方は乳がんの末期でしたが「銀木犀」で死にたいといいました。
当時戸惑った下河原さんに、元看護士だった彼女は「大丈夫、死に方は私が教えてあげます」と伝え、下河原さんも彼女を最期まで支えることを決意しました。
その経験から、看取りを行っていくことに力を入れるようになりました。
今では希望される高齢者や家族の意思を聴き取りし、介護士を雇用し、スタッフ全員で対応しています。
特別養護老人ホームは、昔僕がお見舞いに行ったところでの印象ですが、介護士がいる病院のようでした。
語弊があると申し訳ないのですが、そのホームについては、ちょっと暗くて寂しい雰囲気が漂っていました。
老人はそこにただ居るだけで、活力が感じられませんでした。
先日の「カンブリア宮殿」という番組で「銀木犀」の様子を拝見し、まったく異なる明るい自然な雰囲気があることに驚きました。
駄菓子屋を置いて、老人たちが経営を手伝うことで子供たちとの触れ合いを作るという発想はこれまでにないものです。
皆さんが「役割」を得て活き活きとされているようでした。
この「銀木犀」は、調べてみると僕が以前住んでいた実家のそばにも出来ていました。
祖母が亡くなったころには、ここまで死に付き添ってくれる高齢者住宅はありませんでした。
祖母のような状態になると特別養護老人ホームしか選択肢がありませんでしたが、高倍率の抽選になっており、入居できるだけ幸せという状態でした。
どう生きて、死んでいくかを、周囲の人間が決めるのではなく、高齢者自身が決める。
もし末期ガンになったら、もし認知症の兆候が出始めたら、自分はどうしたいかを家族と話し合って決める。
それを実践できる環境があるというのは、素晴らしいことだなと思います。
日本ではまだまだこうした住宅が少なくハードルもありますが、まずは選択肢があるということが大事でしょう。
VR認知症プロジェクト
出典:株式会社シルバーウッド
下河原さんが始められている、認知症の体験プロジェクトです。
既に多くの企業で研修として取り入れられており大きな反響呼んでいます。
既存のコンテンツは以下の3つ。
今後も新しいコンテンツを増やしていくそうです。
VRによる体験を介して認知症になるといったいどういうふうに世界が見えているのかを知ることができます。
いまだに僕たちは「ボケ」の状態だと思い込んでいるところがありますが、このVR認知症をみると、認知症にもいろいろな段階や症状があることがよく理解できるように思いました。
認知症を「病気」として老人ホームに放り込んでしまう世界とするのか、「老衰」として周囲がきちんと理解して付き合っていく世界とするのかは、こうした取り組みが足掛かりになるのかもしれませんね。
私をどうするのですか?
認知症の中核症状の1つを体験。
いままで接する時に「どうしてそんな事に?」と腑に落ちなかった認知症のある方への想像力を養います。
また認知症は単なる記憶障害だけでは無いことを体験することができます。
ここはどこですか?
認知症があっても無くても誰もが一度は経験がありそうな「困った体験」から認知症への偏見や差別を無くしそこから見える「認知症」の本当の問題とは何か?を体験するコンテンツです。
レビー小体病 幻視編
レビー小体病当事者の樋口直美さん原作・監修。
レビー小体型認知症の特徴である「幻視」の世界をありのままに伝えます。
認知症の概念が変わります。
VR認知症について分かる動画がありますので、リンクを付けさせていただきます。
NHKスペシャル「私たちのこれから」
httpss://www.nhk.or.jp/ourfuture/vol8/vr/
出典:NHK
まとめ
出典:みんなの介護
僕個人の考えですが、認知症は老衰としてとらえ、過剰に医療に頼ることなく、自宅、もしくは介護施設で緩やかに過ごしてもらう方が良いのではないかと思います。
その方が介護士、介護福祉士の需要が増えるし、高齢者に目が行き届き、徘徊で行方不明になったり、自動車で事故を起こす問題も減ってくるでしょう。
そのためには乗り越えないといけないハードルは多いです。
少子化で25%という超高齢化を支えるほどの高税率を許容しなければいけないし、医療で治せるかもしれないという家族の考え方も変わらないといけない。
日本は徐々に経済大国から、心が豊かに暮らせる国に変容していく過渡期にあるでしょう。
経済がまわらなければ税金を払えませんので、仕事はより付加価値と生産性を高める必要もありますね。
以下のグラフはOECD加盟国での労働生産性をランキングにしたものです。
日本はOECD平均を下回っています。
前述したスウェーデンやノルウェーなど福祉が充実する北欧諸国の労働生産性は高く、OECD平均を上回っています。
出典:HUFFPOST
このように、日本はまだまだ「マンパワー」だけに頼った仕事の仕方なので、「働いた割に賃金が見合わない」という感覚になりがちです。
まずはこの問題を解決していくことで、高い税率でも許容できる社会に近づいていくと信じます。
これは、国ぐるみで議論が必要です。
一人ひとりが「自分ごと」として考え、政治に参加していく社会にしていきましょう。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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